「四五年振りの母校訪問」  

菅原弘志(十四期)

 今年、二月も二十八日の大館はほんの少しの雪でした。

夕方に近い時間帯の午後三時です。少し暗くなりかけの

校門を一人感慨も新たにくぐった訳です。

何故?そしてその感想は・・・その経緯と顛末を話し

ましょう。

 今年一月の末に第十四期卒は原宿に集合、そして恵比

寿での新年会となりました。例によって春のように暖か

で集いの人数三十余名の盛況さです。その席上、横井君

が小生に近づき「大館で或る事業を立ち上げよう」と言

うものでした。とてもそこまでの才覚の無い小生はそれ

は無理と曖昧な返事をしましたが、それを機に帰り道、

自分は「後輩達の為に何か出来ることがあるだろうか」

と考えて見ました。そしてハタと気が付いたことがあり

ます。

 それを東京鳳鳴会執行部に申し入れたところ、早目に

決断をしてくれて、鳳鳴会本部の宮崎事務局長さんや菅原

事務局次長さんと相談の結果「やりましょう」となった訳

です。それは将にこの時期を逃してはならないと言うもの

です。 

私は現在、池袋で不動産のコンサルティングの仕事をし

ています。不動産業務の一つ「マンションの部屋の賃貸

業」についてはよほど頼まれない限りやっていませんが

、当然その実態は見ていますし業務にも通じています。

そこでこの時期、地方から上京して来る学生さんに業者

がどのように接し部屋を決めさせるかを日常見ています。

 学生さんはどうにか決める訳ですが、どうもほとんどの

方は納得していないようです。むしろ業者に不信感さえ抱

いています。これは、上京して西も東も分からない学生さ

んに、二〜三箇所案内しては「今日ここで決めないと他の

人に決められてしまう」と急かせ、その後は不動産業者の

ペースでどんどん進めてしまう訳です。受験、入学金、上

京と大きなお金が動いている上に更に纏まったお金が半信

半疑なままに動くような気がしてならないようです。折角

夢を抱き上京しているのに。

 これは基本的には業者に責任があると私は思っておりま

す。ただ業界の仕組みや賃貸の様々なことを知れば、納得

の行く部屋探しが出来るのです。また、条件交渉も出来ま

す。そこでそのオリエンティリングを行えばいい訳です。

これなら私でも出来ると思った次第です。人の前で話すこ

とも専門学校で講師をやっていますので、高校生向けでも

出来る自信はありました。

早速レジメを作り資料も作成し鳳鳴会本部に送りました。

ただ事務局からは「推薦入学でかなり年内に決まってお

り部屋も既に大半が決まっています」と言うものでした。

しかし人数に係わらず「先ずはやってみよう」と。

当日は午後三時、当日大館にいる二百余名が出席し厳粛

に「鳳鳴会への入会式」が行われました。不肖私も出席

何せ四十五年前私は上京していて卒業式に出ていないの

です。式は簡素で短時間でしたが門出でを祝い、先々を

思いやる先輩としての心配りに満ちた内容でした。とて

も感動いたしました。と共に卒業生も何らかの都合で母

校を訪れては如何だろうと思いました。キット新しい何

かが有ると思います。校舎は我々が在学中とは全く異な

り、あの下駄履き当時の泥臭さはなく清潔さが有ります。

短時間ですが接した先生方は気さくで活力に満ちていま

した。都会で様々な高校生の生態(?)を見ている者と

しては「これはいける!」と心強く感じた次第です。

(尚、説明会は原稿の関係で割愛させて頂きます)。

 

 (註)本件は東京鳳鳴会が鳳鳴会本部と協力して地元後輩

の支援のため、初めて試みたものです。